このふたつのバッグの違いはなんでしょうか
これらは、H762というデザインナンバーのハンドバッグです。
イタリアンナッパラックスレザーのNL762という人気商品のシュランケンカーフ製バージョン(同じ型紙による)で、膨らみのある革素材が、より優美なラインを描き出しています。
左が、今回、ご注文でお作りしたバッグ。
右は、ショールームに飾ってあったもの。
このふたつには違いがあります。
*
正面から見たところ。わかりますか。
*
寄ってみましょう。見えるでしょうか。
そう、ステッチが違うんです。
革の色はもちろん糸の色も重要
ステッチ(糸すなわち縫い目)の色は、バッグの大事な構成要素のひとつです。
人間の目は、動くものを追ったり、周りと比べて違う色をしているものを見つける習性があります。これは私たちが草原で外敵をいち早く見つけたり、森林で食べられる木の実を発見するために獲得してきた能力です。そのため、バッグ本体の革素材の色はもちろん、そのなかにあって周囲とは違う色をしたステッチにも、私たちはどうしても目を奪われてしまうのです。
そのため、糸の色選びはとても大事です。糸の色で、革素材の色や質感を(文字通り)際立たせることもできれば、そればかりが悪目立ちして、とても派手! という印象を持たせてしまうこともあるからです。
糸の色は何百種類もあり、ひとえに「赤」といってもさまざまな色調の赤がありますので、革の色に限りなく近い色を選ぶこともできます。しかし、ここが不思議なところですが、同色の糸を掛けたところで、必ずしも地味になるわけではありません。バッグやその他の革製品はあくまでも「縫い物」なので、たしかに糸で縫っているはずなのに、その縫い目が埋没してしまって見えないと、かえって違和感を覚えてしまったりします。
また、縫うということはたいてい、二枚の生地の端と端を縫い合わせるものですから、その縫い目(ステッチ)は、完成したバッグの部品の際(きわ)に現れます。そのため、塗り絵の縁取りのように、バッグのかたちをくっきり見せてくれるのです。
つまり、ステッチは、一概に目立たないほうがいいというものではありません。目立たない程度に、しっかり主張する必要があるのです。それを私たちは「ステッチを効かせる」といいます。
piccinoでは、例えばネイビーの革には濃いめのブルーグレー、赤の革には朱色の糸、サクラにはオペラ(ピンク)など、革の色に対して、同系色でちょっとだけ明るい色の糸を標準色として設定しています。それが一番、目立たないステッチであり、最低限、ステッチを効かせられるからです。
※黒の革は例外です。黒はフォーマルな雰囲気が出るので、余計な主張をしないように、黒糸でまとめるのが基本です。
※「効く」と表現している通り、つまり「効果」なので、有りか無しかの二択ではなくて、程度の問題です。コントラストを効かせることもあれば、効きすぎていると抑えることもありますし、お客様のお好みによっては、これでもかと目立たせることもあります。
今回のご注文はこちら
改めて、こちらが今回のご注文品です。
今回のお客様、HO様は、今年の冬に、NL117というイタリアンナッパラックスレザーのセミトート型のハンドバッグのグレーをお求めいただいておりました。それが使いやすいとお気に召していただき、今回のご注文をいただきました。ありがたいことです。
今回、HO様のご希望は、お持ちのNL117を念頭に置かれた上でのことでした。
「このバッグがとても使いやすいのですが、色味が暗めなので、これからの季節に使いやすい明るめの色のバッグがあってもいいかなと思って。特にこのライトグレーの色味に特に目を惹かれました」
「容量的にはこのくらいがベスト。底鋲付き(H226)とかもいいかなと思ったけど、ちょっと大きい。プライベートで持ちたいだけからそこまではいらないかも」
「ようやく外出や会合も再開できる雰囲気になってきたから、ちょっと華やかなところに行く時も使いたいです」
ご検討の際には、A4サイズ対応のH106や、NL117をシュランケンカーフで載せ替えたH117なども候補に上がりましたが、同じかたちで素材違いでお持ちになると、より使いやすいどちらかに使用頻度が偏ってしまうおそれもありました。そのため、同じくらいのサイズ感で、ハンドルや胴の玉取りの曲線が優美で、より華やかな印象のある762型をお薦めさせていただきました。もちろん、シュランケンカーフのライトグレーで。
シュランケンカーフのライトグレーは、ベージュの要素が入った明るめの色なので、肌馴染みも良く、どんな服にも合わせやすいお色味です。華やかな柄のトップスや、濃いめのアウターなどとコーディネートしていただければ、ほどよく調和し、ワンポイントとして華やかな雰囲気も作り出せます。
そして今回、ステッチは、piccinoのライトグレーの標準色であるとても薄い水色から変更し、金がかった薄い黄色で掛けさせていただきました。
*
グレーは難しい色
ひとことで「グレー」といっても、イタリアンナッパラックスレザーの色目でいう「グレー」とはカーキ系のグレー。オリーブ(緑色)とも通じる、いわゆる迷彩色をより沈ませたような色味です。対して、今回のシュランケンカーフの「ライトグレー」は、黄みがかったベージュ系のグレーです。ちなみに同素材の「グレー」は、白みがかったアッシュ(灰)グレー、文字通りの「灰色」です。「グレー」とは、白でも黒でもなく、赤青緑黄紫橙茶などでもない、かなり広い範囲の色調を包含する言葉なのです。それはつまり、さまざまな色味の要素を持っているということでもあります。
このライトグレーは、白っぽくもあり、明るめでもあり、ちょっと黄みがかってもいる。トープ(オーク)よりも一段薄い色という言い方も出来ます。どの方向で捉えるかによって、さまざまな貌を見せる色味の革なのです。
piccinoでは、ライトグレーには、(他の色と比べて)白っぽく明るくくせのない色ということに焦点を当てて、薄い水色がかった白っぽい糸を標準色として設定しています。薄めの明るい色同士のなか、黄みがかった色に水色を挿すことで、さりげなくも際立たせるというイメージです。しかし、HO様は、それでもすこしステッチが効きすぎていると捉えられました。
「水色っぽい白が目立つように感じるので、もっと地味にしてもらえると。革の色に近い薄い黄色がいいです」
HO様はライトグレーの色から、ベージュ系の黄みがかったお色味の印象を強くお持ちになったそうで、黄色系に寄せて、よりステッチの効きを弱くすることを希望されました。
*
ライトグレーへのこだわり
お納めの日、お写真を撮らせていただきました。
HO様は、バッグとちょうど同じライトグレーのお色味のお召し物でいらっしゃって、まるでバッグが溶け込むように調和していました。落ち着いたお色味のニットのサマーセーターと、ダークブラウンのパンツとのコントラストが見事で、それをバッグが少しも邪魔していません。これぞ、引き算のお洒落です。
伺ってみると、こういったベージュ系のライトグレーの色味をよくお召しになるとのこと。
「そんな派手なの似合わないから、つい地味なものを選んでしまうんです。他のものとも合わせやすいかなとか思って」
つい地味なものを、と仰っておられて、ご本人もお気づきではないかも知れませんが、このお色へのこだわりがおありだったからこそ、より敏感に、糸の色の違いをお感じになったのだと思います。
今回もまたいい勉強をさせていただきました。ありがとうございました。
(40代・女性・化学メーカー勤務)