十年ほど前に廃番になったバッグを、特別に一本だけ、お仕立てしました。
NL756。左:今回お仕立てしたもの。右:15-20年お使いになったもの
そのお客様がショールームに訪ねて来られたのは、6月の梅雨のさなか。これと同じものが欲しい、と、イタリアンナッパラックス製のバッグを一本、お持ちになりました。
NL756。90年代後期の発売の製品です。
お話を伺ったところ、お身内の方から譲り受けた愛着のあるバッグで、毎日仕事とプライベートと問わず使い続けてくださっているとのこと。サイズも大きすぎず小さすぎず、肩に掛けるハンドルもベストな長さで、とても使い勝手がいいとお褒めいただきました。
ただ、最近は、マチの革が裂けて、裏地も破れ、ハンドルも革が伸びてしまい、丁度良い持ち方ができなくなってしまったそうです。代わりを探して、あちこちのお店を回り、似たようなものを探されたそうですが、どれもピンとこず、弊社までお越し下さいました。これと同じものが欲しい、と。
十年以上前に廃番になった製品なので、もちろん在庫はありませんでしたが、ぜひ作ってほしいというご注文をいただき、お造りすることができました。
※ハンドルの革が伸びているのが見て取れる。ハンドルについては後述
復刻するためには、いくつか必要な条件があります。
ひとつは、型。そのバッグを作るための設計図であり、部品を切り出す型紙です。piccinoでは、過去の型紙を可能な限り保管しておくようにしていますが、それでも紛失などの可能性は否めません。今回は、古い型でしたが、素材が現在も使っているものだったこともあり、比較的すぐに発掘することができました。
ふたつは、素材。革素材には流行り廃りがあり、ワンシーズンで終わってしまうものもあります。一度、タンナーで廃番になった革素材を手に入れることは不可能なので、現状、取り扱っている革で代替する場合もあります。今回は、今も現役で活躍しているイタリアンナッパラックスのバッグだったので、そのままの素材でお造りすることが可能でした。
また、ファスナーのテープの色なども、当時からは変わっている場合もあるのですが、今回はそれもクリアできました。
最後は、お値段です。海外のタンナーの革素材は、国内のデフレとは無縁で高騰を繰り返しており、20年前から比べると倍近くになっています。さらに今回は一本お仕立てなので、職人の手間も考慮すると、見積もりは当時の倍以上に。それでも、愛着のあるものなので作って欲しいというご要望をいただき、着手することになりました。
参考のために、バッグもお預かりして、工房へ。
当時、それを作った職人も、よく使ってくれたねえとたいへん嬉しがっていました。
復刻にあたっては、職人がいくつか工夫を施しました。
ひとつは、見付(バッグの口元)の芯材です。
当時のつくりでは、この見付は革だけで形づくっていて、芯材を入れてはいませんでした。芯を入れると硬くなってしまうので、piccinoでは、負荷がかかるところ以外は、極力、余計な芯材を入れずに作ります。お預かりしたバッグも、破れたりはしていませんでしたが、革だけなので丸まってしまっていました。それをなるべく防ぐために、補強として全面に芯を入れて形作っています。
ふたつめは、天の開口部のファスナーテープの周辺の補強です。
見付からフラップ(蓋)を通じて、ファスナーテープを縫い付けているつくりなのですが、今回は、ファスナーテープの全面を革で覆うかたちで、フラップを作り替えました。
これは、頻繁に開け閉めするファスナーの周辺、そして大きく開いてものを出し入れする見付(開口部の先端)が、大きな負荷がかかるので、その補強のためのものです。
また、上の写真をよく見ると、見付から続くマチの部分の革が裂けてきています。これは縫った糸がほどけたわけではなくて、強固に縫い留めてあるからこそ、開け閉めによってその周辺に負荷がかかり、そこからさくくなって、破れ始めてしまいます。これは特に自然のタンニンでなめした革では、どうしても避けられないことで、20年ほど経つと、だんだん油分が抜けてしなやかさがなくなり、その負荷に耐えられなくなってしまうのです。
ここまでお使いになられると、もう全体的に革がくたびれているので、この裂けたマチだけ革を替えて修理、というのは不可能です。糸をほどいてバラした後、もう一度縫い直すのに、胴の革が耐えられないからです。
もうひとつが、ハンドル部分です。
こちらも、芯材を当時とは違うやり方で仕込んでいます。
天然皮革は、使っていると次第に馴染む、つまり伸びていきます。特にハンドルは常に加重がかかり、いわば輪ゴムを引っ張っているようなものなので、ゆっくりと中の繊維が断裂を起こし、伸びていきます。今回、お持ちのバッグと全く同じ型紙でお造りしましたが、20年間の間に、新品と比べると1.5cmほど、伸びていました。
ハンドル部分は、この革が伸びることを計算して芯材を入れなければなりません。革が伸びて、芯材を置いてきぼりにしては、補強したつもりが、かえってそこに負荷が集中するからです。piccinoでは、この問題を解決できるように、創意工夫を重ねて、現在のやり方に辿り着いています。
安価なバッグをお買い求めになると、すぐにハンドルから壊れるとよく言われます。金具が弾け飛んだり、縫ったところから破れてしまったり。強固に見える金属の金具も、強度が見た目通りとは限りません。また、目に見えない部分の芯材などは、どうしても疎かにされがちです。原価相応の造りであるともいえます。しかしその結果、肩からずり落ちて中身が道に散乱してしまったり、驚いてバランスを崩して転倒されてしまう事故もあると聞きます。
そういったことのないように、piccinoでは、細心の注意を払って、仕上げています。
そのため、お持ちいただいたこのバッグはもちろん、piccinoのバッグで、ハンドルから壊れた!というお叱りや修理が舞い込むことは、ほとんどありません。だいたいは、長く使っていて裏地が破れた、革が破れた、糸が摩耗してほつれた、あるいはファスナーテープが破れたというものが多いです。裏地やファスナーなどの副材については、可能な限り交換修理は承っておりますが、そもそもの革が破れてきたものに関しては、素材としての耐用限界、つまり寿命である可能性も高いので、修理不能の判断となることもございます。
その際、今回のように、まったく同じものをお造りできるかもしれませんので、ご相談いただければ幸いです。
以上のようにして、お客様に長くお使いいただいた愛着がおありのかたちそのままに、現在の技術で少しだけバージョンアップして、世界でひとつのバッグができあがりました。
先代同様、お仕事にプライベートに、お客様の相棒として、しっかり働いてくれることでしょう。
追記
写真では見えませんが、当時の設計にはなかった底鋲も付けています。
また糸の色は、お客様のリクエストで、普段、チョコの革に掛けているのとは異なる、ガンメタリック調の色のものを使っています。明るい糸を使うことで、バッグの全体のシルエットを縁取るように見え、全体の印象を引き締めています。
写真ご協力:お客様、男性