お仕立てものは、持ち主のお人柄をあらわします。

2021年も、残りわずかとなりました。今年も多くのお客様、お取引先様にお世話になりました。ありがとうございました。
海外の状況を見ると、まだまだ予断や油断は禁物ですが、昨年よりは穏やかに新年を迎えられそうです。どうぞ体調を崩されませんよう、ご自愛ください。

さて、そんな年の瀬に、個人的にもとても嬉しいご注文をいただきました。今年最後の作例紹介です。

今回のお客様は…

今回のお客様は、経営コンサルタントをされているGK様。
実は、私の大学の先輩であり、校友会の役員も務められている方で、10年ほど前から公私ともに大変お世話になっております。以前から、キーケースや奥様のバッグなどをお持ちいただいており、今回、新しいビジネスバッグ(ブリーフケース)を、というご注文をいただきました。

ご希望としては、

  • ビジネスバッグ(ブリーフケース)。スーツで持つのでショルダーはいらない
  • 今使っているものよりも若干大きめで、書類とともにハードカバーの書籍を入れたい
  • パソコンは基本的に入れない。パソコンが必要な仕事のためのバッグは別にある
  • 生活雑貨類のポーチが入るように、マチの広いもの。整理して入れられるように、ポケットが豊富だといい

昨今、ビジネスバッグはまず「何インチのノートPCが入るか」からお話が始まるので、意外なご希望でした。詳しくお話を伺うと、お仕事の傍ら、より専門性を高めるために、大学院に入学されたとのこと。その通学時には、レジュメなどの紙資料とともに、ハードカバーの書籍を何冊も持ち歩かなければならないのだそうです。

「厚い本を入れるには、今使ってるものだとすこし容量不足。新卒の頃に買って二十年近く使ってきたので、これを機に買い換えようかなと思って」

公私ともにとてもお世話になっている方から、二十年に一度のお買い換えのご用命をいただけて、とても有り難く、嬉しく思った次第です。

ビジネスバッグのスタンダード、黒。

NL851 黒 ポケット等の仕様はノーマル。

そうして出来上がったのがこちら。デザインナンバーはNL851。
下記のバッグを、イタリアンナッパラックスレザーでお造りしたものです。

“マリア”~ビジネスウーマンが欲しかったバッグ~ H851

ビジネスバッグの基本といえば、やはり「革製」で「手持ち式」の「黒」の「ブリーフケース」
昨今ではビジネスリュックやショルダー型も認められてきてはいますが、スーツ姿で持った佇まいが格好いいのは、やはりこういうスタンダードなデザインです。商談の場はもちろん、そのままフォーマルな場にも出かけられます。

ステッチで個性を出す

いくら格好いいビジネスバッグでも、お知り合いのものであっても、それだけでは作例としてご紹介する意味はありません。

今回のポイントは、ステッチとファスナーテープの配色です。

近づいて見ると、黒の革に、濃いめのオレンジのステッチがかかっており、エッジの効いた印象になっているのがおわかりかと思います。

piccinoでは、黒のバッグには標準仕様では黒い糸をかけることが多いです。

バッグ、ファッションにおいては黒は、「黒」と「色物」と言い慣わすくらいに特別な色です。黒、しかも上品な光沢がでる黒であるならば、わりとカジュアルなデザインでも、フォーマル感が出ます。なので、下手に明るい色の糸を掛けると、その雰囲気を壊し、かえって悪目立ちさせかねません。その為、標準仕様では、革と同色の糸で、ステッチをあえて効かせず、全体のトーンを抑えめに持っていくようにしています。

ですが、お客様が選ばれた、このオレンジのステッチは絶妙です。

こちらは裏胴側。外ポケットのステッチが横断していますが、遠目で(あるいはスマートフォンの狭い画面の小さい画像で)は、そんなに目立ってないと思われると思います。

暖色系の濃いオレンジが包容力を発揮して、周囲の艶光りする漆黒を支えており、一見するとそこまで目立たず、近くによって初めて派手なステッチだと気づくような絶妙な配色です。

ファスナーテープが仲立ちする、革と糸の関係

また、それを仲立ちしているのが、この天を横断するネイビーのファスナー。

糸と同じで、piccinoの標準仕様では、黒の革には黒のファスナーテープを付けることになっておりますが、今回はお客様のご希望でネイビーを。しかも、piccinoの工房では普段は使っていない濃い色のものを、特別に取り寄せました。

黒の革にオレンジのステッチというだけでは、奇抜な、傾いた印象にも見えがちなところを、ネイビーのファスナーテープが仲立ちして、全体の印象を調和させています。

お仕立て品は、持ち主をあらわす。

工房から届いて、全体を見たときに私が思ったのは、「GKさんらしい!」ということでした。

大学の先輩なので、個人的にお人柄を少々存じ上げているのですが、GKさんという方は「とてもスマートで、いつもキッチリしている」という印象がまず来る方です。辣腕の経営コンサルタントでいらして、ご一緒している校友会の会議の場でも常にロジカルで、物事を整理し、筋道を立てることに長けておられます。
ややもすると、論理的で隙がなさ過ぎてとっつきづらそう、とも見えますが、お話ししてみると、とても好奇心旺盛で、ユーモアのある優しい方です。多くのお立場で世話役を引き受けられ、常に人の中心でご活躍されています(私自身も、校友会のほか一般の勉強会などの、GKさんゆかりのコミュニティに伺った際、お名前を出させていただくと、すぐに話が通じて、よくしていただいたことが幾度となくあります)

そんなお人柄が、このバッグの印象とかぶるのです。

このバッグは、遠目に見た時には「しっかりした黒のブリーフケース」で、とてもきっちりした印象をお持ちになると思います。しかし、一歩近寄ってよく見ると、実は濃いオレンジの糸でだいぶ「遊びが効いている」と驚かれるでしょう。ですが、手に取って見ると、悪目立ちするどころか、とても高い次元で調和しているように感じるでしょう。
それを支えているのが濃いネイビーのファスナー。天ファスナーはバッグの部位としては「口元」ともいい、外側と内側が交わる大事な部分です。そこに深みのあるネイビーが配されていることで、真面目な黒と遊びのあるオレンジの印象が両立し、際立たせています。

これはバッグ屋である私の勝手な思い込みですが、この黒ではない深みのあるネイビーこそが、先輩の本質的なもの、品の良さであったり、人への優しさや愛の象徴のように思えてなりませんでした。

それらを踏まえて、まさにGKさんらしいバッグだなあ、と思った次第です。

キーカラーはネイビー

こちらは納品時の記念写真。
ファスナーテープにネイビーを使ったからと、わざわざこの日はネイビーのスーツをお召しになって、お越し下さいました。やはりキーカラーはネイビーだったのです(笑´∀`)

今回はステッチとファスナーの色の標準からの変更のみで、ポケットの増設などは特に行いませんでした。整理上手のGK様なので、サンプルをご覧になった時から、どこに何を入れられるとイメージされており、使いやすそうだとお気に召していただいたそうです。

多くの色々なことがあった2021年の締めくくりに、とても良い仕事をさせていただきました。ありがとうございました。

(男性・40代・中小企業診断士)